近藤聡乃『A子さんの恋人』の練りこまれたプロットの凄まじさに唸る

ここ3ヶ月ほど、近藤聡乃『A子さんの恋人』の面白さに唸るばかりの日々である。

方々から面白い面白いとは聞いていたものの、よもやここまで面白いとは思わなんだ。絵良し、キャラ良し、プロット良し。特にプロットに関してはシェイクスピアの戯曲もかくやという圧倒的な完成度。

実写ドラマ化待った無し。最高の恋愛漫画の話をしよう。



『A子さんの恋人』のあらすじ

A子さんには恋人が2人いる。

7年付き合った末になかなか別れきれずにいるA太郎と、アメリカに残してきた恋人のA君。この物語は30歳を目前に、優柔不断なA子が2人の間をゆらゆらと彷徨い続けるという、生々しさ満載のあるある恋愛ストーリーだ。

生々しさが満載というだけあって、この作品には現実離れしたドラマチックな展開や、社会の枠組みを超えたお坊っちゃまお嬢様は存在しない。30台前後の男女の恋愛模様という、ある種ありきたりな設定のこの作品を名作たらしめるのは、練りに練られた究極のプロット(枠組み)と、圧倒的な共感を巻き起こす憎たらしくも愛おしいキャラクター達である。

 

A子さんの恋人は「共感」の作品

他人の懐にぬるりと入り込むのが上手過ぎる妖怪のようなA太郎。モテるが故に毒をその身に宿したまま大人になってしまったU子。生真面目な性格が仇となり婚期が遅れまくっているK子。頭も察しも良すぎてなんでも全てお見通しのA君。ちやほやされるがままに暮らし続けるSNSの女王のI子。

全員が全員どこかしら性格に難があるキャラクター達なのだが、妙に生々しい存在感があり、読み進めるごとに彼らに対する共感に押し潰されそうになる。4巻まで読み進めた今、全てのキャラクターがとてつもなく愛おしいし、彼らのあまりの立体感には、阿佐ヶ谷か谷中辺りに行けば誰かしらに会えるんじゃないかという気すらする。

ちなみに僕が最も共感を覚えるのはA太郎。「その場の思いつきで気軽にできる優しさ」というパワーワードには、自分ですら気付いていない自身の醜さを真っ直ぐに射抜かれたような気がして戦慄すら覚えたものだ。

思うにこの作品、キャラクター達の描かれ方に感情移入の余地が多分に残されている。

A子・A太郎・A君・I子・U子・K子と、敢えて名付けられ、記号化されたキャラクター達は、まさしく藁人形のように僕らに呪いをかけ、僕らの恋愛や人生におけるタッチポイントを問答無用で呼び起こし、心の柔らかい部分を突きまくり、気付けば「A太郎は僕だ・・・」などとそら恐ろしい気持ちを抱くようになっている。

人によって誰に感情移入をするかは変わるだろうが、『A子さんの恋人』を読んで共感しない人などいないのではなかろうか。それくらい彼らの姿はリアルで、そこを描写しきる手腕は見事と言わざるを得ない。

特に4巻のI子の姿に胸打たれ共感の涙を流した人は多いだろうなぁ。

 

練り込まれた至高のプロット

この作品、プロットの完成度が高過ぎて、映像制作全くの未経験者の僕が監督を務めたとしても最高のテレビドラマになることが約束されている。(その際はA子さんは北川景子、A太郎は坂口健太郎でお願いします)

例えば3巻に収録されている「春の葬式」というタイトル。このタイトルの時点でもう素晴らしすぎやしないか。このワンフレーズだけで世界観が完成している。スカートの澤部がこの「春の葬式」というワードを得ようものなら、その時点で曲が完成してしまうような完璧なタイトルだ。

春という出会いと別れの季節に起こった、遠過ぎず近過ぎない人間の葬式。春の暖かくさらりとした空気と、葬式がもたらす少しだけ湿っぽい空気とが見事にミックスされて描かれていて、僕はこの話を思い出すだけでご飯が3杯いけてしまう。

知略謀略が掛け巡り登場人物が一堂に会するアベンジャーズ感、A子を巡るA太郎とA君の因縁と、全くの無関係だと思われた過去の因縁が見事にリンクする構図、更にはA太郎とA君が精神的な邂逅を果たすシーンでもある。極め付けはラストの改札越しのあのシーン。今までのらりくらりとA子を翻弄してきたA太郎のここぞの漢気には、思わずクラクラしてしまう。

そんな爆烈シーンが、このサラリとした「春の葬式」という話に放り込まれているプロットの妙・・・!ひたすらに脱帽なのである。

あとは街中で仲の良くない女子3人がばったりと出くわしてしまい、ズルズルと帰るタイミングを失っている内にあれよあれよと女子会となり、最終的に花見にまでもつれ込んでしまうあのシーン。僕にも身に覚えがある。不用意な発言が元で訳のわからない飲み会に出席する羽目になり、気がつけば終電を逃し朝まで飲んだあの夜。このシーンを読んだ時「あの望まれない飲み会はこうやって生まれていくのか!」とこの世の真理に触れたような気すらしたものだ。

他にも唸るようなシーンは無数にあるのだが、その話はどうあってもネタバレに過ぎないので割愛。何と言っても自ら目撃してほしい。

世さらりとしたタッチで抜群の空気感と最高のプロットを描き切る近藤聡乃、一体人生を何周すればあんな描写ができるようになるのだろうか。紛うことなき天才だ。

 

『A子さんの恋人』を読もう

そんな名作『A子さんの恋人』は現在4巻。まだまだ十分追いつけるし、なんなら発刊ペースがまあまあ遅いので大いに焦らされてしまうだろうが、2018年にこの作品を読まない「漫画好き」はモグリと呼ばれても致し方ない。

ちなみに僕は布教活動として知人の誕生日に4巻セットを送るようにしている。

 

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