早速ですが今年の抱負は、「歌上手くなる」と「ちゃんとお金稼ぐ」に決めました。
去年気が付いたんですが、僕本当にカラオケ好きなんですよね。もう趣味と言って差し支えないくらいには好きなので、カラオケの誘いはまず断らないし、本番のカラオケを楽しむためにカラオケの練習をいつもマイメン松井としています。これを今年はもう少し強化して、僕自身のレベルを上げようかなと。歌える曲も増えるし、あと歌上手い方が盛り上がりますからね。なので今年は定期的にボイトレに行き、誰の目にも明らかなレベルアップを図ります。
そしてお金の話。僕自身あまりお金に頓着しない性格ではあるのだけれども、ふと家計を見返した時にエンゲル係数が高すぎることに気が付いた。気が付いたというか向き合った。とっくに気が付いてはいた。だってご飯好きだし、お酒も好きだし、幸いなことにお金がかかる趣味もないので、それくらいにしかお金を使う先がない。そしてその食事とお酒が家計を圧迫するのであれば、収入を増やすしかない。増やすぞ、収入。飲むぞ、お酒。
少し出遅れましたが年始から7日までの日記です。アイキャッチは蕎麦屋で上を見上げ時の写真。雲ひとつなくてあまりにも綺麗だったので。どうぞ。
日々のこと、2024年1月1日
1月1日月曜日、例年通り大晦日は大学時代の友人と我が家で飲み、起きてから打心蕎庵へ。
毎年4〜5人で来ていたこの蕎麦屋も、気が付けば僕と後輩の2人きり。もうここ4〜5年ずっと繰り返してきたルーティーンなだけに、今更これ以外に年末年始をどうやって過ごせばいいのかが分からないのだよな。実家に帰る人、旅行に行く人、家族と過ごす人。この歳になると各々の年越しスタイルは確立されていて、新たに人を誘うのも憚られる。来年気が付いたら1人で年越し、なんてことになっていやしないかと、寂しがりの僕は恐ろしくなってしまう。
とはいえここの蕎麦は大好きなのでできることなら毎年来たい。僕は三葉蕎麦を、後輩は芹蕎麦を注文。ずぞぞ、美味い。女将さんと年始の挨拶を交わして向かいの森厳寺へ。毎年この時期には咲き始めている梅の花が今年は咲いていない。暖冬に狂わされた生き物はきっと少なくない。
後輩と別れ一度家に戻り、昼寝をしてから町田の実家へ。電車一本の帰省の手軽さよ。とはいえ父とも母とも(それぞれ別のタイミングで)先月会っているし、特に話すこともない。我が家には2匹のトイプードルがいて、どちらも18歳のご長寿犬だ。すっかり体重も軽くなり、ヨロヨロと老いた彼らを見ると切なくなる。もういつ亡くなってもおかしくないし、ここまで生きていてくれたのだからただただ感謝だ。できる限り彼らに会いに来ようと、実家に来るたびに思うのだよな。あとは母が僕の伸び切った髪を見るなり「清潔感!」と叫んでいたのが印象的でした。
地震の話、避けては通れない。ここ数年、こういったことがある度に思うのだけれども、SNSが高度に発達しすぎていて、ネット上でどんな顔をしていればいいのか分からない。めちゃくちゃ辛いし、何かできればとも思うのだが、僕にできることはわずかばかりの寄付くらいのもので、むしろネットにいるとそっちに感情が引っ張られてしまって耐え難い。こういった悲しい世界の在り方と、自分の間合いで接することの難しさっていつまで経っても変わらない、というかどんどん難しくなってきているよな。
自宅へ帰る道中、年末から引きずり続けた疲れが抜けていない感じがして、コンビニでローヤルゼリー的なやつを買って飲んだ。
1月2日火曜日
ローヤルゼリーの力なのか、昼過ぎまで泥のように眠る。一度も目が覚めずに12時間近く寝るなんて、ここ最近なかった睡眠体験に自分でもびっくり。ダラダラと食器や部屋を片付け、洗濯を回し、年始のテレビを満喫。
20時過ぎに近所に住む知人が病み上がったというので三宿・新記へ。流石は俺たちの新記、年始から満席の平常運行。ビールや紹興酒ハイボールを飲みながら仕事や人生について話す。同い年の人間と飲むとすぐ人生の話になるよな。安心感が違うから。
自宅に戻ると星野源のANNが始まっていたのでリアタイ。震災を受け急遽の生放送で送ったこの回。ラジオの価値は緊急時にこそ発揮されると『波よ聞いてくれ』で知った僕である。先の話にも通ずる部分があるが、僕はそういう時にこそ明るくいたいと思う性質なのでとても良かった。『くだらないの中に』ってそういうことなのかも。
1月3日水曜日
柴田聡子『きれぎれのダイアリー』を読み終える。音楽もそうなのだけど、柴田聡子の文章ってあまりにも柴田聡子すぎる。『雑感』を初めて聴いた時に強く感じたあの柴田聡子感が、文章にもありありと表れているのが素晴らしい。一文の長さや、句読点の位置の独特さ、紙面を飛び回るように移る思考と話題。そして何よりもその感性の瑞々しさにグッと来てしまう。そりゃあの曲が書ける訳だ。
「瑞々しさ」は去年の後半くらいから僕の中でキーワードにもなりつつあって、感性や言葉遣いを瑞々しく保つことをとても大切に感じている。感じているだけで僕のそれらが瑞々しい訳では決してないのだけれども、新しいモノに触れたり、自分の中の未知の部分を知ることは、いつになっても大切だと思うのだよな。そんな瑞々しさが、彼女のエッセイには満ち満ちていて最高でした。
夜は、昨年最もお世話になった店へ年始のご挨拶。昨年最もとは言ったものの、ここ数年は毎年この店に一番通わせてもらっている。実際昨年末も12月30日に伺ったのが最後なので、わずか4日ばかりのインターバル。おそらく僕は去年、50皿近く彼のパスタを食べていて、きっと今年もそれは変わらない。今年も大変お世話になります。
三が日なこともあり店は21時に閉まり、酔いを持て余す。コンビニで最近ハマっている男梅サワーを買ったところ、気付かずに「和の旨み」という別バージョンを買ってしまったことに一口飲んでようやく気が付く。酒粕が使われていて、妙な甘さが後味に残るのがなんとも不快。男梅サワーのバツッ!としたキレの良さが好きな僕からすれば蛇足でしかない。ムッとしてもう一度コンビニで男梅サワーを買い直した。
男梅サワーを嗜みながら、話題になっていた「ドッキリツッコミGP」をTVerで観る。今年の初爆笑は完全にこれでしたね。
ドッキリに対するツッコミのクオリティを競う戦いではあるのだが、人間が文字通り真っ赤になったり、真っ白になってるのってこんなに面白いのか、というお笑いの祖先みたいなものに触れた感覚がある。昴生のスマートさ、津田の情けなさ、田中のゾーンに入った時の無敵感、澤部の総合力の高さ、そして竹山のバラエティにかける想いの強さ、思わずシビれましたね。仕事人ってこういうことだよな。
川島や千鳥のMC陣も盤石。テロップにならない程度のぼそっとこぼすコメントがいちいち面白くて終始飽きないからすごい。白と青に染まった後にカレーを塗りたくられた澤部の顔面を見た大吾の「地球が汚されてるみたい」という言葉にはちょっと感動すらしてしまう。あと川島の「要るやつ!!」というツッコミ。一番笑いました。川島はすごい。何年か前の「Siriみたいに言うなよ」というツッコミからずっと大好きだ。
1月4日木曜日
一応仕事始めではあるが、案の定気合は入らない。布団からのそりと抜け出し、白湯を飲み、なんとかしてPCと向き合いながら最低限の作業だけを進めて閉店とした。
年末くらいから、23年の聴き漏らしていたアルバムをさらうようにしていて、その流れで聴いたOMSB『喜哀』にシビれる。OMSB、顔がちょっと怖めのラップ鬼ウマお兄さん、という印象だったのだけれども、今作は彼の人間くささを感じられたのがとにかく良かったな。重心低く、フロウは固く、けれどもそれを歌う彼の心は柔らかく、それが実に人間らしい。弱さと強さ、憧れと何糞、喜びと哀しみ。相反する要素を内包し、それを自覚してこそ書けるラップがここにはあると感じた。
夜は近所の店の常連さんたちと渋谷・爛缶でおでん新年会。
僕が最年少で、上は60代の方もいたりと年齢に開きはあるものの、彼らとは本当に仲良くさせてもらっていて、いつもこんな若造とも遊んでくれて感謝しかない。そして爛缶は本当にいいお店。何を食べても美味しいし、そのクオリティに対するお会計の安さに毎度驚いてしまう。そんな美味しいおでんをつまみに日本酒を飲むことの幸福度の高さたるや。締めはとうめし。あまりにも美味しくて感動。なんとも光栄なことにレシピを教えていただいたので今度自宅でも作ろうと思う。
1月5日金曜日
茶割・多治見さんと仕事の話ついでにランチ。気になっていた渋谷・マリーアイランガニーというカレー屋へ。
カレーはスリランカ、置いてある本はUK/USロック、インテリアは特撮とプロレス、そしてBGMは宇多田ヒカルと節操のない店ではあったものの、カレーの味は抜群。本格ハードなスパイス使いのカレーで、辛さもそれなり。ホロホロになるまで煮込まれたポークの滋味深さには思わず拍手が出た。香辛料が身体の芯をじんわりと温めるのを感じながら退店。シャルマンで少し仕事の話をして帰宅した。
昨日渋谷に行った際に、ずっと欲しかった彫刻家の萩原亮氏のThe Dogsをガチャガチャでゲット。彼の猫の彫刻があまりにも愛おしいので、いつかお迎えしたいと思っています。このワンコも本当は黒い子が欲しかったのだけれども、2度回したら期せずして紅白でめでたい感じになったので大満足。
夕飯を食べながら『ゴッドタン』をTVerで視聴。日村の衣装が完全にフジロックのLIZZOでよかった。それ以外は特に面白いと思えなかったので角田まで観てやめた。
1月6日土曜日
丸1日暇だったので読みたかったWEB漫画を片っ端から。メグマイルランド『棕櫚の木の下で』と赤瀬由里子『ナイトメアバスターズ』が最高だった。
宮崎の小学生が主人公のこの作品。オンラインならではの漫画表現が目を惹くのだけれども、何がすごいって、なんか本当に小学生の感性で描かれているのだ。全てのことに驚きと楽しさと恐ろしさを感じていたような、繊細で鋭敏なあの頃の感性。読み進めるごとにそれが呼び起こされて、世界の見え方が少し変わるような漫画だった。前述の瑞々しさにも通じる部分があって、ものすごく感銘を受けた作品だ。
赤瀬由里子は前作『サザンと彗星の少女』が大好きだったのだけれども、これはそれを超えてきたかもしれない。相変わらずフルカラー&アナログ作画で描かれたこの漫画。今作は世界観にどこかジブリを感じて胸がいっぱいになる。作画の美しさも素晴らしいのだけれど、彼女の漫画は読んでて元気をもらえるのが本当に嬉しい。ボーイミーツガールで近未来SFでジブリでセカイ系。けれどもその根底にあるのは、ただただ純粋な勇気みたいなもので、それが全力で描かれているのが良すぎる。おそらく期間限定なので皆様ぜひ。
このご時世、無料で読める漫画だけでも既に多過ぎて、有料の漫画も追い切れないほど。コンテンツ過多ではあるが無料で楽しめるのは本当にありがたい。今年も漫画はたくさん読んでいきたいので、面白いのがあればすぐ教えてくださいね。
1月7日日曜日
特に日曜日の手応えもなくダラリと起床。七草粥を作ろうと思ったが冷凍ご飯がないことに気が付く。
僕は炊きたてのご飯をお茶漬けにしたり、お粥にすることに強い抵抗がある。米の最高の状態は間違いなく「炊きたて」であり、それをわざわざふやかして食べるのはもったいなくないか?それに比べて冷凍ご飯はそこから数段グレードが低い状態なので、煮るなり炒めるなり好きにして良いという考えがずっとあります。
とはいえ僕も既に三十歳。これまでは毎年、安全祈願のお守りをくれていた両親も、いよいよ僕に健康祈願のお守りを買ってくるようになった。無病息災には代えられぬと米を炊き、炊いたやいなや水を加え作った七草粥を罪悪感と一緒に食べた。毎年思うが特段美味い料理ではないよな、これ。
夜は起業家の友人と池尻・ぶらいあんという和食の店へ。初めて行った店だったけれども、一品ごとに気が利いてていい店でした。白眉は蛤の酒蒸し。あのモキュモキュした食感好きすぎるな。時に「蛤」という字、むしへんだけ何とかなりませんかね。僕が食べてるのは貝なので。
彼とはもう知り合って4年近く経つのだけれども、着々と事業を伸ばしていて素直に尊敬。彼のここまでの苦難も、努力も、事業領域の難しさも知っている訳だが、それでも一歩一歩、砂漠の丘を登るように歩んできた。決して早い成長スピードではないのだろうけれども、着実に足元を固めながら進む彼のスタイルはシンプルにかっこいいよな。
ストイックに、堅実に。僕も今年はそうありたいものだ。