『BLUE GIANT SUPREME』の4巻が魅せてくれた世界

ここが最高到達地点だろうと疑いもしなかったポイントを、『BLUE GIANT』はまた超えてくる。

今更『BLUE GIANT』が面白いだなんて事が言いたい訳ではないのだが、今までどんな賛辞をもってしても届くことのなかったこの作品の本質が、SUPREMEの4巻を読んだ今少し見えた気がするのでこうしてガムシャラに文章を書くのである。




プロダクションの難しさと楽しさ

『BLUE GIANT』を1巻からリアルタイムで読み続け、こう見えて1年以上ブログを書き続けた僕としては、「JAZZとブログは似ている」と断言してしまいたい訳で。特にSUPREME編に登場するベーシストのハンナがベースと向き合う姿勢なんて、ブログそのものだと思うのだ。

自分の内臓をひっくり返すように新しいフレーズを模索して、自分で自分を叱咤するように迷いながらも前進する。音を繋ごうと何度も何度も繰り返し、自分の音楽を表現する。

そもそもJAZZというのは自由な音楽であって、そこに正解はない。メンバーも曲の長さも構成も、全てが即興でリアルタイムに生み出されるので、プレイヤー達はその中でいかに「自分の音」を出すかということを模索する。

ブログも完全にそう。「これについて書こう」と思ったらあとはそれ以外全部自由。ポエムを書いてもいいし、私的な経験則を交えて話してもいい。リサーチに基づいた事実を滔々と語ってもいいし、独りよがりな独自論を展開してもいい。ある特定のフィールドの中でならどんなプロダクションであろうと自分の好きにしていいっていう点はJAZZの在り方と似ていて、その文章の中に「自分らしさ」をフルに発揮して、自分にしか書けない文章を書かないと価値が無いという点はJAZZの難しさと楽しさに通じる部分がある。

以前100記事目:僕のブログ論という記事にも書いたのだが、「いい文章」を書こうとする時の努力は、まんま『BLUE GIANT』の登場人物達の努力と同じ形をしている。あーでもない、こーでもない、あれは違う、これはいい。JAZZは音に全身全霊を乗せて自分を表現するが、ブログはそれが文章という形でアウトプットされるだけの違い。

僕がブログを書く理由は、その難しさと楽しさに依るところが大きいのだが、『BLUE GIANT』においてキャラクター達がJAZZに向かう姿勢はそれぞれ違う。

特に4巻はそれが顕著で、ラファエルの「自由と楽しさ」とブルーノの「挑戦」は全くもって対照的。ハンナはJAZZに「アイデンティティ」を支えられているような節すらあるし、大に至っては「俺こそがJAZZだ」とJAZZの在り方を投影されたようなキャラクターだ。当然、そのいずれもがJAZZという音楽の本質で、書き手にとってのブログの本質も、きっとそういう部分にある。

だからこそ僕はこの作品の登場人物一人一人に物凄い共感を覚える。僕自身音楽をやっていたというバックグランドも含めてね。

 

伝わる世界

そしてもう一つ『BLUE GIANT』が素晴らしいのは「伝わる」という事だ。

大が東京出ることを家族に告げた夜、妹の彩花には大の決意が伝わった。

初めて雪祈に演奏を効かせた夜、雪祈には大のサックスにかけた年月と重みが伝わった。

そしてSUPREME編の4巻。たった一度のセッションで、大にはラファエルの本質が伝わった。

唯一大に伝わらなかったのは、彼がバンドに入らない理由だった訳だが、それが伝わらなかった理由は彼の性格が「自己中心的で我儘な人間」だという自意識が長年の思い込みに過ぎず、彼のドラムに投影されていないからで、後の大との会話でその事に気付かされた彼はバンドに入ることを決意する。

大は一度のセッションでラファエル自身も気付いていなかった彼のJAZZに対する姿勢を見抜いた。本人にその自覚がなくても、音に投影されている以上、大には伝わる。そしてそれは観客にも、読者である僕らにも伝わる。一度では伝わらなくても、回り回って絶対に伝わる。

以前読んだ『青春ゾンビ』のいつ恋レビューでヒコさんはこう語っている。

しかし、坂元作品において、手紙は必ず届く。

この表現を借りるならば、『BLUE GIANT』において、登場人物達の音楽は必ず伝わるのだ。

そしてその点は大いに僕を勇気付けるのだ。もっと言ってしまえばその「正しさ」みたいなものに救われる。

暗闇の中でもがきながらでも必死に掴んだ自分の言葉であれば、それは必ず伝わる。そう思わずにどうしてブログなど書けようか。

 

『BLUE GIANT SUPREME』は至高。

以前は日本編のレビューを、作者とキャラクターの関係性という観点で書いたが、今回のレビューは大分感情的に書き進めた。

そういった書き方もまた、『BLUE GIANT』の描くJAZZの一つの形だと思う訳だよ。

石塚真一『BLUE GIANT』における雪祈に関する考察

とにかく石塚真一『BLUE GIANT』、100年に1つの傑作です。是非ご一読を。

 

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