初っ端からとても失礼な事を言うけれども、三輪二郎というアーティストの事を知っている人が、世の中にこんなにもいるとは思わなかった。
相変わらず三輪二郎さんも最高ですね。ギターは小さなオーケストラとは某三代ギタリスト氏の言葉ですが、シンプルなブルースロックにこれだけの芳醇なメロディー。氏が持って生まれたであろう極めて等身大+αのリリックとソウルフルな歌声。https://t.co/DNGdnesvBK
— 岸田繁 (@Kishida_Qrl) 2019年2月25日
そう思うくらいにはこのアルバムは絶賛されていたし(少なくとも僕のTL界隈では)、その期待値を全く裏切らない、三輪二郎としても歴代最高の出来映えの一枚だ。
三輪二郎『しあわせの港』
三輪二郎氏との邂逅は、聖蹟桜ヶ丘の『MASCOT.』というお店での事だ。元曽我部恵一BANDのギタリストである上野智久氏(以下智さん)が下北沢『City Country City』から独立して開いたのが『MASCOT.』で、僕は智さんに誘われてその店員として働いていた。そのオープニングパーティー的なものをお店でやった際に、ギター1本だけを引っさげた彼がやってきた。
ボッサボサの髪、アフロと呼ぶには些か歪なそのシルエット、気怠げな出で立ちと覇気のない表情。正直智さんの知り合いでなけば絶対に近付かない胡散臭いオッサンなのだが、ギターを弾かせればその腕前は無類。ブルース仕込みの彼のギターは跳ねるように鳴り、彼ののんべんだらりとした歌声ともバッチリ合っている。
そしてそこには気負いとか迫力みたいなものは微塵もなくて、ただ飄々と使い古したアコギを歌わせるおっさんがいた。
それ以来ずっと、彼のその音楽に対する態度みたいなものが引っかかっていたのだが、つい先ほどようやく思い至った。彼は、アーティストとしての活動理念に乏しいのだ。
売れるだとか、デカい箱でやるだとか、そういうアーティストが皆持っているであろう目標みたいなものが全く感じられない。ただそこに歌う場があって、ギターがあるから弾く。呼ばれたから行くし呼ばれてなかったら酒でも飲んでいる。そういう音楽に対する無為の態度みたいなものって、既存のアーティストからはほとんど感じられない。彼だけの特有の空気感、その特殊な在り方がずっと気にかかっていた訳だ。それが今は何よりも心地良い。
前段がやたらと長くなってしまったが、今作においても彼のそういうスタンスは健在だ。
ほら、もう、言葉を尽くすまでもなく最高だ。
伊賀航と北山ゆう子のという、無添加サウンドの妙手である2名をサポートに据え、その上で三輪二郎が自由にギターを弾いて歌う。たったそれだけのことなのに、それがどこまでも心地よい。着の身着のままというか、そのまんま三輪二郎というか。お得意のブギーもあり、グッドメロディなフォークがあり、往年のカバーもあり。捨て曲は1曲もない。
特に柴田聡子が書き下ろした『ギターを弾く犬』という曲、以前彼女の引越しを手伝いにきた三輪二郎が、手伝いもせずにずっとダンボールに座ってギターを弾いていたというエピソードから生まれた曲らしいのだが、もうこのエピソードが良すぎじゃない?「このおっさん何しに来たんだよ笑」っていう。
そして最後に、このおっさん5年前から一切変わっていないところも大好きだ。
お兄ちゃん僕にも教えてくれよ
楽しいダンシング・ラブタイム・ギター
可愛いあの娘を踊らせたいのさ
『デンス・ミュージック(2014)』
僕のとっておきシュガー・ポップで
あの娘を踊らせたいのさ
できたばかりの歌 あいつにも聴かせたいな
『バージンギター(2019)』