精神病棟のSM女王をテーマに、ポップの地平を切り拓いた、St.Vincent『MASSEDUCTION』

いい音楽

奇抜な作風と強烈な個性で世界を席巻し続けるNYはブルックリン出身のSSW、St.Vincentの5thアルバム『MASSEDUCTION』。今作のテーマは「パワー、セックス、危険な関係、そして死」さらには「精神病棟のSM女王」という相変わらずのぶっ飛びっぷり。

そんな怪作からどんな音楽が飛び出すのかと思ったら意外や意外、極彩色の混沌とした、それでいて究極にポップな仕上がりに度肝を抜かれました。

ぶっちゃけ今年聞いた中でもトップレベルに大好きです。

St.Vincent『MASSEDUCTION』が示したポップスの潮流

2017年現在、世界的なポップス・ヒップホップへの傾倒の潮流は最早疑う余地がない。

Queen of the Stone Ageは大胆にもマーク・ロンソンをプロデューサーに据え、毒々しくもダンサブルな『Villains』を発表したし、先日リリースされたBeck『Color』にしたって、彼の今までのスタイルを刷新するかのごとくポップなアルバムだった(俺はあんまり好きじゃなかったけど)

Queen of the Stone Age – 『VILLAINS』のレビューはこちら

2017年、今がポップスど真ん中、ポップス全盛期であるという事実は疑いようが無く、前述のアーティスト達も大胆に自身のスタイルを時代の潮流に合わせて変化させてきた。St.Vincentも例外ではない。それどころか最新作『MASSEDUCTION』は今年リリースされた中でもとびきりにポップで、次代のマスターピースであるという予感さえする大傑作だ。

手始めにジャケットの写真は悪目立ちと言っても差し支えないほどにビビッドな色合いだし、公開されるPVも全てが色彩豊かに彩られている。

ビビッドカラーは強烈に目を惹くものの、毒々しい印象を与えるし、凝視に耐え得るものではない。見たいけど見ていられない。極彩色にはそういった二面性があり、それはこのアルバム全体のムードにも共通している。

特にアルバムの中でも特異点とでもいうべき楽曲、『Pills』はそういった性質を強く持ち合わせている。

ポップな今作の中でもずば抜けてポップなこの曲だが、歌詞を聞くとどうも喜ばしい内容ではない。歌詞の内容を知って改めてこの曲を聞くと、その軽快すぎるサウンドに怖気すら覚えるような二面性を抱えた楽曲なのである。

楽曲の構成を見れば軽快(軽薄とすら言える)な前半と、ゆったりと重ったるい後半に別れるが、前半は痛々しい狂気の垣間見える歌詞であるのに対し、後半は社会的な風刺とも取れるような歌詞になっており二面性はここにも現れる。

しかもこの楽曲にはKamashi Washingtonが参加しているというのだから驚きだ。こういったポップスとKamashi Washington、本来であれば音楽の両極にいるような両者だが、St.Vincentの鋭敏な感受性がヒップホップやジャズといった黒人音楽にも開かれていることをよく表しているし、重めのエレクトロビートが多用されるこのアルバムにおいてもその影響は散見される。

他の楽曲にしたってゴリゴリでハードな『Fear the Future』や『Los Angels』から、メロウなバラードの『Happy Birthday, Johnny』『New York』『Slow Disco』まで、リスナーをヒステリックに振り回すかのような幅広さ。『Los Ageless(Los Angelsではない)』と『New York』は、両楽曲共に別れをテーマにしてはいるもののサウンドは正反対。

そんな振れ幅の大きいアルバムなのだが、なかなかどうしてアルバムを通して景色は一貫している。

ここで最初に立ち戻ってみるが、彼女の打ち立てた『精神病棟のSM女王』というキャラクターは完璧にこのアルバムの中に息づいている。腫れ物のような存在である彼女は、狂気的な魅力を有していて、誰もが見たくないのに目を離せない。「薔薇の花には棘がある」のもっとエゲツないバージョンである。

そしてこのアルバムのカオスな楽曲達をまとめあげているのが、何と言っても狂気とポップネスの共存である。一貫した二面性が一体感を作り出すという奇妙な状態ではあるが、本来両立し得ない両者の絶妙なバランスによって、全ての楽曲はSt.Vincentの描くアイコニックなキャラクターの元へ収束するのだ。

とまあゴタゴタ抜かしたが、単に楽曲も素晴らしい。リード曲『New York』はマジでいい曲だし『Young Lover』の終盤の疾走感も堪らない。でもやっぱり一番はオープナー『Hang On Me』である。他の曲と違って音数の少ないこの曲は彼女の最高な歌声を余すとこなく味わえる。一曲目にこの曲を持ってくるあたり、彼女の信じるポップスという音楽はこんな感じなのかもしれない。

 

St.Vincentに一言

日本盤にのみ収録されている14曲目『政権腐敗』がこの上なくストレートに政治を揶揄しててちょっと面白い。

本当は社会風刺とか、女性性とかのメッセージも多分に込められてはいるんだろうけど、このブログで描くにはちょっと重いよね。


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