2018年11月の振り返り

2018年11月の振り返り

昔から「気張って見えてたまるか」という謎の見栄がある。

漫画でも、泥臭く地道な努力を続けて大成していく主人公よりも、俺ツエー系の主人公が好きだったのもきっとそういうことだと思う。努力をしないということではなく、努力を努力のように見せないその姿をカッコいいと感じ、周りができないことを軽々とやってのけるそのクールさこそを美徳だと感じる訳だ。

ところが蓋を開けてみれば、辛い時には「今しんどいわ〜」と言ってしまうし、眠い時には寝てしまう。心が下を向いている時にTwitterを開くと、どうにかして自分のしんどさに気付いてもらいたいという気持ちが鎌首をもたげ、推敲に推敲を重ねたなるべく面白おかしく柔らかい言葉で表現した「しんどいよ〜」を発信してしまう。

いやもうこれは仕方ない。人間そういうものだ、と割り切った僕が最近決めたのは「気張んのやーめた」だった。

最近、年末が近いこともあって仕事がバタついていた。

僕は広告代理店に勤めているのだけれども、年末という時期にはどこからともなく余剰予算が湧いてきて、「頼むからこれを年末までに使い切ってくれ」ととんでもない金額を提示される。普段だったら大変に喜ばしいことなのだけれども、この時期はどこの代理店も同じような状況なので、ことはそう簡単ではない。そんなこんなで12月に入るまでの2週間、西に東に奔走しながらその予算の扱いに手を焼いていた訳だ。もちろん僕だけではなく、会社全体がそんなムードだった。

そんな時にふと気がついたのが、「気張ってる人見るのしんどいな」ということだった。

気張ること自体は全く悪いことではないし、気張りたくなくても気張らざるを得ない状況にいる人の方が多いだろうし、むしろこんなことを考える僕のスタンスこそ唾棄すべきものではあるのだが、個人の考えだしそこは大目に見ていただくとして、気張ってる人見るとしんどくなりません?

僕も頑張らなきゃいけないな・・・?って気持ちにさせられるし、サッと帰ることに謎の罪悪感が生まれるし、余裕が無い人を見るとなんかこっちも余裕が無いような気がしてくる。「気張ってる人」は僕の精神衛生上よろしくないということに、つい最近気が付いた訳だ。

多分気張ってる人の大部分は「仕事が多すぎる」とか「やらなきゃ怒られる」みたいな状況だろうし、それはもう本当に仕方がない事で、個人の力でどうにかできるほど、大多数の僕らの心と決意は強くないこともわかっている。けれども、そんな理不尽な状況下でも気張ってない人もいるのだ。

例えば僕の上司なんて、毎日夜中まで仕事して、朝は起きれないから昼くらいから仕事に来るけれども、なんか全然しんどそうじゃない。いつ聞いても「いや〜全然追いつかないわぁ」とか言いながらヘラヘラっと笑っていて、けれどもやるべきとこではキッチリやる。だから物凄く評価されているし、社内からも社外からも信頼が厚い。

ここで冒頭の話に戻る訳だけれども、彼のように山積された仕事前にしながらも、努力を努力として見せないその姿こそに僕は憧れるのだ。

けれども今僕がそれをするためには能力が足りない。能力が足りないなら、やる事を減らさなければならない。この時期の仕事はどう足掻いても仕方のない事だし、削るならプライベートの時間だろう。

さて、今月でこのブログを初めて2年が経とうとしている。そして先月はその2年間で最もブログを書かない1ヶ月であった。その記事数、わずか4本。ぶっちぎりで過去最低記録だ。

そしてここまでの千数百字を使って、「11月で記事を4本しか書いていないことへの言い訳」を述べさせていただいた。今月はもうちょっと書きたいなと思っている。

 

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