歌に宿る身体性と時代とさびしさ。折坂悠太『平成』

いい音楽

早速引用から入ろう。

僕は鳥取生まれだけど育ったのは千葉で、海外で生活していた時期もあって、地元といえる場所がないまま育ってきた。そういうこともあって、自分にはルーツがないと思っているんです。でも、「平成元年生まれ」という肩書きが、そうした出自のなさを穴埋めしてくれるんじゃないかと考えていて。それは要するに「何にもない」ということでもあって、そんな所在のなさが「平成」という時代とも共通するものなんじゃないかと。

引用元:CINRA.NET『折坂悠太という異能の歌い人、終わりゆく平成へのたむけを歌う』

この言葉には何度だって救われる。かくいう僕も平成5年の生まれ、未だ平成以外の時代を知らぬミレニアルだ。そんな僕も、「平成」という年号に格別の想いがある訳ではない。ただ、平成に対する帰属意識というのは、実にしっくりくる感触だ。

今日はそんな、平成と共に生まれ、平成の終焉に一枚の傑作アルバム『平成』をリリースした稀代のシンガー、折坂悠太に関して語ろうじゃないか。

折坂悠太『平成』

まず驚くのは、彼の歌に宿るその身体性だ。

以前この記事で、「フィジカルの音楽」という表現をさせてもらったことがある。

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要は「身体的な発生の仕方をした音楽」のことを、僕が勝手に「フィジカルの音楽」と呼んでいるのだけれども、折坂の歌は完全にこれ。全編通してボーカルとガットギターが曲の中心に据えられた彼の楽曲は、常にそのメロディーに対してドンピシャの声が当てはめられている。

驚くほどに自然的な音楽。そして彼の歌とメロディーの親和性・浸透性は、感覚的には民謡やわらべ歌のそれに近い。

前述のインタビュー記事で本人も語るとおり、潔癖なまでにメロディーに沿った歌詞を当てはめる彼のスタイル。それは今まさに全盛期を迎えているR&Bやヒップホップとは対極の位置にありながら、そういった黒人音楽に劣らないグルーヴと身体性を伴っている。日本語を持ってして、そこに固執しながら突き詰められたグルーヴという意味では、小袋成彬とも通じる部分がある。そして何よりそのスタイル、最高にカッコいいじゃないか。

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日本語と歌詞

ジャズ、フォーク、ポエトリーリーディング、民謡、朗読etc…雑多なジャンルを内包しつつ、「折坂悠太」という類い稀な歌い手によって一つの音楽世界として産み落とされた『平成』というアルバム、もう一つの特異は何と言ってもその歌詞だろう。

長唄やわらべ歌をもルーツに持つ折坂の歌詞は実に日本的。現代口語に慣れてしまった僕からすれば、最早古めかしくすらある。例えるならばくるりの『宿はなし』のような、失われつつある日本語の響きを折坂は拾い上げ、抜群のメロディでもって僕らに響かせる。

本来、日本語は”固い”言葉だ。子音はくっきりと発音され、母音は5種類しか存在しない。故に日本語は、確固とした輪郭を持った音として鳴らされるのが常である。だがどうだろう、折坂から発せられる日本語はどこか丸みを帯びていて、柔らかい。それは失われつつある日本語本来の響きであり、折坂の言葉選びであり、そして歌唱法だ。

シンプルで、素朴な詞だと思う。楽器にだって何も特別なことはない。小細工のないサウンド、ミニマルな構成。けれども折坂悠太という歌い手にかかれば、かくも優しく、懐かしく、染み入るように響くのだ。

余計なものは足さず、むしろ引いて素材を活かす。その技法って和食みたいだなとふと思った。

 

『平成』の『さびしさ』

さびしさとは何だろうか。テクノロジーによって孤独が薄められたはずのこの時代にも、さびしさはある。それはSNSの空虚さだったり、シャッター街だったり、居酒屋のトイレだったり。どんなに人に囲まれていても、至る所にさびしさは潜んでいて、僕らはきっと逃げ切れない。

折坂という歌い手は、別にそれを埋めたりしない。慰めもしないし、吹き飛ばしたりなんてする訳もない。ただ表現するだけだ。歌と詞で、この平成のさびしさを、時代の空気を表現し、記録する。

平成という時代は、決して平穏な時代ではなかったと思う。バブル崩壊、少子高齢化、不況や災害、悍ましい事件だっていくつも起こった。僕らの世代はそれに加えて「ゆとり世代」などとどこか虐げられたような風潮すらある。何をしようと閉塞感がつきまとうこの時代において、僕らは不幸であったかもしれない。だが、誰がなんと言おうと、平成は我々の時代だ。俺が平成だ。

幸、俺たちに多くあれ

『平成』

平成という時代の終わりに、折坂悠太の歌と願いが響けば良いと思う。

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