2017年に産み落とされた、Gofish『肺』という超怪作

年も明けて2018年となってから早6日。僕はといえば決意新たに2017年の取りこぼしを拾い集める日々である。

年末にあちこちで立ち上がった年末ベスト記事を読んでいると、自分がいかに素晴らしい作品を素通りして日々を過ごしていたかを実感する。この世の全ての音楽を聞くことが土台無理なのは承知しているのだが、せめて自分の好きなアーティストが良いと語っているものくらいは聞いておきたい。その一心でアルバムを順々に漁る日々です。

そうして見付けた中から一曲、僕も大好きVIDEOTAPEMUSICが2017年のベストに挙げていた、Gofish『肺』がとんでもない怪作だったのでご紹介。








Gofish『肺』

テライショウタという人物のソロプロジェクトらしいこのGofishというアーティスト。全く事前情報の無いままにこの曲を聞いたのだが、その世界観と没入感に完全に骨抜きにされてしまった。

ギター、コントラバス、チェロという珍しいトリオで演奏されているこの曲。一聴して分かるように、コントラバスとチェロの低音が与える根源的な恐怖や不安感、そしてそれと表裏一体の心地良さ、トリップ感がとんでもない。重厚に絡み合う旋律は重くゆったりと、それでいて確実な質量でもってして僕らを押し潰す。特に大サビなどは絶え間無く襲いくる波が互いの勢いを借りて次第に大きくなって僕らを押し上げていく、そこにはまるで巨大な怪物と対峙しているような恐ろしさがあるのだ。

結果僕らの心に生まれる、焦りにも似た感情。そしてそれは詩世界にも投影されている。

待ち合わせの場所まで走り出したのは

ひとつ前のバス停で降りてしまった

土砂降りの街を走り出したのは

あと5分で最後の電車が行ってしまう

二度と届かないような気がしてしまうから

足がちぎれるほど走りつづけている

しっとりと丁寧に発せられる言葉、ところがそこに垣間見えるのは焦燥だ。

ストリングスが持つ温もり、テライショウタの歌声の柔らかさ、女性SSWイ・ランの歌声の確かさ。そしてそれらとは対照的な恐ろしさ、得体の知れない気持ち悪さ、所以のハッキリしない焦燥感。それらがチグハグに、しかし確かなバランスで成り立っているこの楽曲の濃密な世界観は途轍もない。

そして色彩の薄く、スローモーションの映像が代わる代わる映し出されるPVは8分弱と長尺ながら没入感があり、楽曲のトリップ感とも相まって、この『肺』という楽曲の持つ世界観にどっぷりを浸っているような感覚に陥るのだ。

聴いていると、物凄い何かによって、自分が静かにどこか遠くの方まで押しやられてしまいそうな感覚。

どこか『Ibeyi』の音楽を聴いている時の感覚と似ている。

ヨルバ文化×電子音楽。キューバ出身の双子デュオ『Ibeyi』の音楽が素晴らしい

決して身近な音楽ではないし、時には言葉すら理解できない。ただそこには底抜けの美しさと得体の知れない巨大な不気味さと凄みがある。そんな彼女の音楽とGofishの楽曲。言葉も文化も超えて共鳴し合う部分があるように思えてならない。

『肺』という人間の内側、身体中を巡る血液、血液が運ぶ酸素。肺が運んでいるのは酸素だけではない。楽曲から伝わった感情は静かに、肺から全身に巡り、やがて体外に、外界にまで伝播する。この曲を聞いているとそういう風に思うのである。

 

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