優しい幽霊たちの肌触りと豊かな引き算。ミツメ『Ghosts』

いい音楽

国内インディー界の雄、ミツメの待望の新譜は、まずジャケからして良すぎる。

何もいないはずなのに、何かが在る。そんな違和感が拭いきれない圧倒的な空白。のどかな春の風景と飲み込まれそうな深い森の対比。

『エスパー』で確立されたミツメの二面性、つまり、心地良さと僅かな不気味さが表裏一体となったミツメの音楽。未だかつて、これほどまでに正確にその音楽性を表現しきったジャケットがあっただろうか。

どこか肩の力を抜きつつも、どこまでもミツメらしさを追い求めた10年間の帰結となる名盤、『Ghosts』の話をさせてほしい。

ミツメ『Ghosts』

去年からのミツメの動向を語る上で『エスパー』の話を避けて通ることは絶対にできないのだけれども、この曲に関しては既に記事を書いているし、リリースから1年経った今もなおその所感に変わりはない。

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一文だけ、過去の自分の言葉を引用させてもらおう。

怪物と日常が薄く張り詰めた膜一枚のみを隔てて同居しているあの世界観。平穏と不穏がふとした時に入れ替わるあのスイッチ感。それらがこの『エスパー』という曲の中にはありありと生きている。

この世界観がアルバム中に敷き詰められている。

先行で公開された『なめらかな日々』もまさにそう。全体の雰囲気としては実に爽やかでポップなのに、不協和音や違和感のあるメロディ、コーラスワークによって、心地良い耳当たりの中にじめりとした気味悪さがつきまとう。

でも、この音楽に満ちている不気味さってきっとそれだけじゃない。もっとぼんやりとした、抽象的で大きい違和感が拭いきれないのだ。そしてそれはきっと「フラットさ」、もっと言えば感情の気配を極限まで削ぎ落とした色彩の薄さみたいなものに起因している。

なめらかな日々 取り戻して

悪いことは無い

けれどどこか あなたがいない

それ以上の何か

『なめらかな日々』

人里離れた砂漠に不時着した

見た目は綺麗な 鋼の小さな船

誰も知らない 助けも来ない

よくある話 悲しむことも無い

『エックス』

昨日胸に響いた話さえもどこかへ

気がかりには思いながら 

何も出来ずにいた

『ディレイ』

歌詞を見ても、そこで描かれているのは別離や孤独のはずなのに、悲壮感が無い。俯瞰している訳でもなくて、むしろ当事者でありながら抱くべき感情を持たないような、そんな絶対的なフラットさ。それでいながらメロディやサウンドはポップなものだから、そこにぽっかりと空白の気配を感じるのだ。

それと対極にあるのが柴田聡子の最新作『がんばれ!メロディー』のような音楽で、この音楽には彼女のメロディーとエッセンスと感情が溢れんばかりに満ち満ちている。そこに僕らの想像力が介入する余地はほとんど無くて、彼女のメッセージを真っ直ぐに伝える音楽だ。

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逆に、ミツメの今作には想像の余地が多分に残されている。

寂しくも悲しくもないお別れ。存在しているもの以上に存在する不在。波も花も、今目の前にあるのか過去のものなのかすらもはっきりとしない。曖昧で淡白に描かれているからこそ、それらはくっきりと存在感を持ち、僕らの意識に根を張る。なんて豊かな引き算なのだろう。

今の日本の音楽シーンに目を向けてみると、ミツメみたいな音楽をやっているバンドって一つも無い。オーガやスカートはストイックさで言えば近い部分はあるけれども、表現の手法が全く違うし、よく例えられるスピッツに関してもポップさというベクトルにおいて、両者は全く別の方へ向かっている気がする。

今年で結成10年となるミツメの音楽。代替も補完もできない「ミツメの音楽」は、こんなにも豊かだ。

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