花田菜々子『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』が学びの多すぎる超名著だった

いい本

若干のいかがわしさ漂うタイトルからは想像もできない程、とんでもない名著だ。

人にモノを紹介するということの本質、読書観、他人とのコミュニケーション、出会い系に対するイメージ、果ては人生観そのものにまでガツンと影響を受けそうな圧倒的な面白さ。あまりの面白さに会う人全員におすすめしまくっている。

思えばこのブログでは本の記事を一度も書いたことがなかったので、初の書評ということになる。果たして僕の書くレビューが書評の体をなすかどうかは定かではないが、この名著から得たものを再び僕の言葉で文章にすることで、僕の血肉としなければならない。それくらいこの本は素晴らしい。

あらすじ

本当にざっくりとだけ書いておくと、ヴィレッジヴァンガードで働いていた筆者が、離婚や転職を機に「出会い系サイトで出会った人におすすめの本を紹介する」という武者修行をする話。

ヴィレヴァンに魅せられ、ヴィレヴァンを愛した彼女の読書量・知識量は相当なもので、そんな彼女がその人の性格や嗜好、その時々で置かれている状況などからぴったりの1冊を紹介する。その「修行」を通じて出会った人との交流や、彼女の内面の成長を描いたエッセイだ。

 

人にモノを紹介するということ

知識量・洞察力共に兼ね備えた筆者の本の紹介は毎回ドンピシャで、特に彼女のモノを紹介する時のルールはその本質を捉えまくっている。しかもそのルールは彼女が最初から知っていたものではなく、70人との武者修行の中で掴み取った本物の真髄だ。仮にもカルチャーを紹介するブログを書いている身としては共感する部分が多いし、それ以上に学ぶ部分が多い。

特に本作の最後、あとがきとして挿入されているシーンがいつまでも鮮明に胸に残っている。そのシーンはこんなシーンだ。

現在は小さい書店の店長となった作者の元に、一人の女性が訪れる。その女性は先日母親を亡くし、何か本を読みたいと思って作者の元を訪れたのだった。作者は女性に3冊の本を勧める。

1冊は、悲しみから離れて優しい時間を過ごすような本。

1冊は、今抱えている悲しみと向き合うような本。

1冊は、今よりもずっと、とことん深く悲しみ抜くための本。

そして女性は後者の2冊を買って帰ったというエピソード。

この3冊の紹介自体も素晴らしいのだが、この話の本質はもう一歩先にあって、それは「この女性は楽になりたいのではなく、ひたすら悲しみと向き合って、自分の心を深く掘り下げたい」ということが分かるという事だ。

人にアルバムを紹介したところで、全ての人にそれを聴いてもらえるなんて事は絶対にない。だからこそ聴いてもらえた時は嬉しいし、そのアルバムを気に入ってくれたらそれ以上に嬉しい事はない。そしてその時初めて、僕は本当に「この人はこういうのが聴きたかったんだな」ということ理解する。

「人にモノを紹介する」というのは一方通行のように見えて、その実高度なコミュニケーションだ。

当たり前のようでいて、何となく思考から抜けていたものをはっきりと気付かせてくれた本書には感謝しかない。

 

人と出会うということ

最初は出会い系サイトを通じて人と会っていた作者。

出会い系サイトというといかがわしいイメージがあるものの、彼女が使っていたのはサイト内で知り合った人と「実際に会って30分だけ話をする」というもの。出会い系としてはかなりライトだし、異性だけではなく同性とも会うことができる。しかもこのサイト内には独特のコミュニティが存在して、ユーザーがサービスをより良くしようとする動きがあったり、社会的に有名なユーザーも参加したりと、最早そこに旧時代的なイメージの「出会い系」の姿は無い。

そもそも現在はTinderやPairsといったサイトは一般的に知られる程普及しているし、あのFacebookもデート領域に進出する時代だ。もはや出会い系サイトはいかがわしいものなんかではなく、本来出会う事のなかった人と人とを繋ぎ合わせるごく一般的なツールだと思ってよかろう。

さて、70人との武者修行を経て人との出会いに積極的になった筆者。次第にサイトの枠から飛び出し、リアルの世界で会った人に自分から人に声をかける、いわゆる「逆ナン」ができるようになる。さらにはネット上で知り合いですらない人に話しかけ、実際に会うところまで漕ぎつけるという離れ業まで身に付けるのだ。

そして最終的には、若い頃から何度も通い詰めた書店の店長という、長年憧れ続けた雲の上にいるような人にも会う事ができた。

彼女が70人との武者修行で手に入れたのは、何も本を紹介するスキルだけではない。会いたいと思うちゃんとした理由さえあれば、会おうと思えば誰とでも会える世界を、彼女は自分の力で手に入れたのだ。

この事実に、僕は勇気付けられる。

元来おしゃべりが大好きな僕である。このブログを通じていろんな人と出会いたいというのは、以前から考えていた事だった。好きなアーティストや漫画家にインタビューとかしてみたいし、自分がいつも読んでいるブログの中の人とも話してみたい。何ならひょんな事から松岡茉優と知り合いになれちゃったりしないだろうかと常日頃から考えている。

人との出会いは常に刺激的で楽しい。そしてそれは、僕次第でいくらでも実現しうる夢だという事を、本書は証明してくれたのだ。

 

本が読みたくなる

本書、何といっても本の紹介のされ方があまりにも素晴らしく、読むとたちまち読書がしたくなる。そしてそれを見越したかのように、本書の最後に作中で登場した本が全てまとめられていて、今すぐにでも片っ端から読破してしまいたいという欲に駆られるのだ。

何かしらに強い愛情を持った人が、その全霊の愛を込めてそのモノを紹介する。これ以上に人を突き動かすものもなかろう。

例えば和菓子を紹介するブログ。『せせ日和』のこの記事。

MY FAVORITE WAGASHI~大福~

彼女の和菓子に対する熱狂的な愛情がビシバシ伝わる文章と企画。この記事を読んで大福が食べたくならない人などいないだろう。それどころか、和菓子に対するイメージごと変えてしまうような力がここにはある。

同様に、かせきさいだぁ『じゃっ夏なんで』

夏のノスタルジックで気怠くも美しい情景をこれでもかというほど詰め込んだこの曲。夏が待ち遠しくなるどころか、あのうだるような暑さやミンミンとけたたましい蝉の声、溶けるアイスクリームに真っ白な入道雲、そういった夏の1ピースのみならず、夏という季節を丸ごと好きになってしまうような「夏感」がこの曲にはある。

その愛情や熱量に当てられて何かを好きになる姿が、そしてその喜びが、この本には詰まっているのだ。

人にモノを紹介するってこういう事だよな、と改めてブログに対する気持ちが整理されたようで、今日からより一層ブログ頑張ろうという気持ちがふつふつと湧いてくる。嗚呼、名著だ。

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