何度でも言うけど『サウナ しきじ』がエデンすぎる

何度でも言うけど『サウナ しきじ』がエデンすぎる

以前にも記事にしたのだが、相変わらず『サウナ しきじ』が素晴らしすぎる。

しきじを一度でも体験したことのある者であれば、最早「しきじ」と唱えるだけでととのうという触れ込みの全サウナー憧れの地。あれはこの世のエデンであり、手の届く楽園であり、そして人類が探し求めたジパングだ。

前回はしきじの素晴らしさを滔々と語らせてもらったが、今回はそれはもうマニアックに「しきじのココがたまらないっ」という話だけをひたすらするからついてこい。

静岡『サウナ しきじ』で過去最高にととのった



客の玄人感

しきじの客は基本的に地元民が多い。彼らは最早しきじに住んでいるのではないかと思うほどしきじに精通し、彼らの醸し出す空気感がしきじ全体のムードを作っていると言っても過言ではない。

今日はそんな中から僕の大好きなお客さんを紹介していこう。

アザラシみたいに水風呂に入る人

しきじの客は入水からして違う。

例えるならばアザラシが海に飛び込む時のそれ。全身の力を抜き、頭から重力のままに水風呂に飛び込むあの姿。ただし彼らは決して周りに迷惑をかけない。飛び込み競技で最も美しいと言われる入水は「ノースプラッシュ」と呼ばれる飛沫の上がらない入水だが、彼らはそれを無意識にやってのける。擬音で言えばバシャーンではなくドプン。広がるのは飛沫ではなく波紋だ。

そして恰幅の良いおっさん達だからこそ生まれるあのダイナミクス。あの波が僕らの身体から羽衣を引き剥がしていくあの心地良さはしきじでしか味わえない。

僕はあのおっさん達のダイブを見る度、そしておっさんの波を全身に受ける度、「しきじってやっぱり最高だな」と感じるのだ。

 

桶を使って水風呂からひたすら水を汲み出す人

あれは一体何の為の行為なのだろうか。

彼らは水風呂に入るやいなや、桶でひたすら水を外に汲み出す。一心不乱にものすごいスピードで水を汲み出すおっさん。その回数たるや半端なく、一分間近くひたすらその作業を繰り返し、何かに満足して水風呂に浸かる。彼らの目的と満足感は一体どこにあるのだろう。

水風呂の温度調整なのか。ゴミや不純物の掻き出しなのか。はたまたある種の筋トレなのか。さらに不思議なのはそれを行う人物が一人や二人ではないということ。考えれば考えるほど謎は深まるばかりだ。今度行ったら直接聞いてみよう。

 

あまりのディープリラックスに寝ちゃう人

何を隠そう僕もこれだ。

しきじには休憩ポイントとして、チェアが3脚とベンチが2つ用意されているのだが、必ず一人はそこで寝ている人がいる。

それもそのはず。しきじは日本でもトップクラスのサウナであり、そこから得られる「ととのい」は控えめに言って常軌を逸している。その余りの心地よさに僕らは意識を引き剥がされ、こっくりこっくりと船を漕ぎ出してしまう。気が付いたら平気で10分くらい寝ている。これが絶対に一人はいるし、そういう人を見るたびに「お前もか」と言うシンパシーが生まれる。あれには強いグルーヴを感じる。

あともっと言うとしきじの水風呂はあまりにも心地良すぎて浸かりながら寝られる。実際僕は前回水風呂で寝た。わかる人いるよね?

 

滝の爆音

しきじには滝がある。言ってる意味がわからないかもしれないがこれは事実だ。

この滝が絶えず水風呂に流れ込んでいるのだが、この轟音がとんでもない。そしてこの轟音がしきじにおいては何よりも重要なファクターなのだ。この滝の効用をご紹介しよう。

会話を奪う滝

しきじの風呂では滝の音がデカすぎて普通の会話は成り立たない。相手に言葉を届ける際は普段の倍くらいの音量で話しかけなければならない。例えるならばライブハウスで相手の耳元に顔を寄せてデカい声で話しかけるあの感じ。「この水風呂サイコーじゃない?」

すると自然と会話は少なくなり、皆自らの内面世界へのディープダイブに集中するようになる。それは僕らをサウナトランスへと導き、最高のサウナ体験をもたらす大きな要因となる。

 

環境音としての滝

通常のサウナでは何かしらの音楽がかかっていたり、場所によっては全くの無音の場所もある。ところがしきじには滝がある。この轟音が常に僕らの耳を満たしているのだ。サウナトランスを迎える際、この環境音があるのとないのとでは天と地ほどの開きがある。

しきじが仮に、滝の音のない無音の空間であったなら、人々の会話や動作から生まれる有象無象の音が意識の端に入り込み、僕らのサウナトランスを阻害する要因となりうる。無意識であったとしても、滝の音はその他のノイズをシャットアウトし、僕らの集中力は自然と高まる。次第に意識には靄がかかったようにその輪郭を失い始め、気付いた時には僕らは既にととのっている。

しきじの滝は決して飾りなんかではない。しきじに滝があるのではない、滝があるからしきじなのだ。

ちなみに女性風呂には滝はないらしい。女性諸君はごめん。

 

休憩所の絶妙なバランス感

しきじの良さは、古臭さと清潔さの絶妙なバランス感にある。

決して新しい建物とは言えないしきじだが、その実、中の設備はこの上なく清潔に保たれている。サウナマットやタオルはこまめに取り替えられ、常に清潔なものが使えるようになっているし、スタッフの巡回もかなりの高頻度で行われている。ロッカールームにおいても清掃は行き届いていて、埃一つ見当たらない。

それに加え、新しすぎるピカピカの設備というのはどうも落ち着かない。ただでさえ地元の常連客の多いしきじである。彼らが居心地の良さを感じるレベルに古臭い建物でなければ、彼らの心はたちまち離れていってしまう事だろう。

そしてその最高のバランスが遺憾無く発揮されているのが、何と言っても休憩所だ。

リクライニングチェアがズラーっとならんが休憩所では男たちが思い思いの時間を過ごしている。壁一面に並べられた古い漫画はいずれも昭和の作品で郷愁を誘うし、その数も小さめの漫画喫茶くらいはある。TVを囲んで大谷翔平の活躍にはしゃぐおっさんもいるし、食堂でご飯を食べている人もいる。隅を見てみると碁盤や将棋盤が積み上げられており、以前はおっさん方はここで囲碁や将棋に興じていたのだろうと想像できる。

要は、おっさんたちの憩いの場がしきじの休憩所なのだ。

その居心地の良さたるや無類で、僕らも油断しようものなら平気で1〜2時間の間おしゃべりに興じてしまう。おっさんたちに至っては「お前らいつサウナ入ってん?」と思うくらいに休憩所に常駐しているおっさんもいる。リクライニングチェアの横に10冊近い漫画を積んでいるおっさんは最早しきじをサウナ付き漫画喫茶だと捉えている節すらある。

あの空間にはしきじの空気感がぎゅっと凝縮されていて、あの休憩所に行く度にしきじの事を好きになるのだ。

しきじに行く時は是非とも時間を6時間くらいとって、ゆっくりとあの休憩所を堪能してもらいたいものだ。

 

サ道

まだ読んでいない人がいるのであれば今すぐに読むべき歴史的名著。教えがすごくて聖書かサ道かってレベル。

ここで言われているサ道の全てが、しきじには詰まっている。サウナへの心構え、サウナとの接し方、サウナ施設の楽しみ方、etc

「サウナーのメッカ」とも呼ばれるしきじは、サウナ入門者にもってこいの最高のサウナだ。騙されたと思ってこの漫画『サ道』を読んで、はるばる静岡までサウナを体験しに行って欲しい。絶対に後悔しないから。

ちなみに僕がサウナを好きな理由はこの記事に詰め込んであるので、読んでみると益々サウナに行きたい気持ちが強くなるのでおすすめ。

僕らがサウナに行く理由

 

おわりに

行く度に新たな発見のある最高のサウナ しきじ。

今週は特に仕事がハードで、連日終電近くまで働いていたこともあり、しきじで大いにリフレッシュができた。今後は2ヶ月に一度は週末を1日丸っと使い、しきじで身も心も休める日を作ろうと決めた。

その為に車を買おうか本気で悩んでいる。物欲の春。

 

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